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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)403号 判決

控訴人 共同商事株式会社

控訴人 大東信販株式会社

控訴人 株式会社 拓銀

控訴人 第一物産株式会社

控訴人 若林秋利

控訴人 久保正平

右六名訴訟代理人弁護士 萩秀雄

同 中村博一

被控訴人 浅古運輸株式会社

被控訴人 浅古賢三郎

右両名訴訟代理人弁護士 斎藤善夫

同 斎藤善治郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取消す。東京地方裁判所が昭和四六年一月二八日同庁同年(ヨ)第三八五号事件でした仮処分決定を取消す。被控訴人らの本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張および証拠関係は、次に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一、控訴人らの抗弁(予備的)

(一)被控訴人浅古運輸株式会社(以下浅古運輸という)が昭和四〇年七月一五日興産信用金庫との間で、被担保債権を、元本極度額金三〇〇万円、利息日歩金二銭七厘、遅延損害金日歩金六銭として、原判決添付物件目録記載の不動産(以下本件不動産という)に根抵当権を設定し、同日その登記を了しており、それは、控訴人らが本件不動産を取得するにいたった競売事件で申立てられた抵当権ではないが、本件競売手続において競落がなされた昭和四五年七月一七日現在でなお存在し、本件競落の結果抹消されたものであるから、かりに本件の抵当権が無効であったとしても、控訴人らの競落による所有権取得は有効である。

(二)谷部勇二郎(以下谷部という)が被控訴人浅古運輸および浅古幸蔵(以下幸蔵という)の代理人と称して昭和四二年九月二八日全国信用金庫連合会(以下全信連という)との間で本件不動産につき、被担保債権元本金一、〇〇〇万円、利息日歩金二銭五厘、損害金日歩金四銭とする抵当権(以下本件抵当権という)を設定する旨契約したが、右行為につき谷部がその正当な代理権を有していなかったとしても、次の点で表見代理が成立し、被控訴人らは本人としてその責を負う。

(1)谷部は、昭和三九年から昭和四二年ころまでの間継続的に被控訴人浅古運輸から、従業員である自動車運転者の起した交通事故につき被害者と示談交渉を行なう権限を授与され、またそのころ幸蔵から右損害賠償金の支払保証をする行為につき代理権を授与されていた。谷部は右基本代理権の権限を越えて本件抵当権設定契約をしたところ、谷部は全信連の代理人である興産信用金庫の係員に対し、被控訴人浅古運輸の専務取締役であると称してその代表取締役の印影及び幸蔵の名下に「浅古」の印影のある同被控訴人作成名義の借入申込書を提出し、その印鑑証明書、同被控訴人の決算報告書など貸借に必要な書類を持参して交付し、本件不動産の現地調査につき自ら案内して説明するなどの行為をした。そこで、右全信連の代理人は谷部に本件抵当権の設定につき被控訴人浅古運輸及び幸蔵の代理権があるものと信じ、かつ、そのように信ずるにつき正当な事由があった。よって、被控訴人浅古運輸及び幸蔵(相続によりこれを承継した被控訴人浅古賢三郎を含む。以下同じ)は、民法一一〇条により、谷部のした本件抵当権設定の表見代理行為につき、本人としてその責を負う。

(2)右(1)が理由がないとしても、谷部は昭和四〇年七月一五日前記(一)主張の、興産信用金庫から金三〇〇万円を借受け本件不動産につき抵当権を設定する行為につき、被控訴人浅古運輸、幸蔵から正当に代理権を授与されていたところ、右代理権が消滅した後に本件抵当権設定行為をし、前記(1)の事情により全信連は谷部が本件抵当権設定行為をするにつき被控訴人浅古運輸及び幸蔵の代理権を有するものと信じ、かつ、そのように信ずるにつき正当な事由があったものである。よって、被控訴人浅古運輸及び幸蔵は、民法一一二条により、谷部のした本件抵当権設定の表見代理行為につき、本人としてその責を負う。

(三)(1)興産信用金庫は昭和四四年三月ころ全信連から、本件抵当権をその被担保債権とともに譲受けたが、被控訴人浅古運輸は昭和四四年三月ころ興産信用金庫に対し、本件抵当権の被担保債権である借入金の支払を承認し、その弁済猶予を求めて、谷部の無権代理行為である本件抵当権設定行為を追認した。

(2)被控訴人らは昭和四五年一二月一四日控訴人らに対し、本件抵当権設定行為が有効であり、控訴人らが本件抵当権の実行による競落の結果有効に本件不動産所有権を取得したことを認めたから、民法一一六条の類推適用により本件抵当権設定行為は有効となったものである。

二、控訴人らの抗弁に対する被控訴人らの主張

(一)控訴人らの当審における各抗弁事実の主張は、時機に遅れた攻撃防禦方法として却下すべきである。すなわち、本件第一審は、昭和四七年三月から昭和四八年一一月まで一年九か月にわたり十分審理され、その間に控訴人らの各予備的抗弁事実を主張する機会があったのにそれを主張しなかったのは、控訴人ら及びその訴訟代理人の故意または重大な過失に基づくものである。ことに、控訴人ら抗弁(一)については、第一審で、控訴人ら訴訟代理人は裁判長から、控訴人らが競落した東京地方裁判所昭和四四年(ケ)第八八七号事件の申立抵当権は本件抵当権か控訴人ら抗弁(一)にいう抵当権かについて釈明され、昭和四七年五月三〇日の準備書面でその主張をしているから、当然その際に主張しうべきであった。控訴人ら抗弁(二)については、第一審で当初これを主張し審理されていたところ、昭和四八年七月一二日の口頭弁論期日にこれを撤回し、その際裁判長からそれを撤回すると将来再主張しても時機に遅れた攻撃防禦方法として却下されるおそれがある旨注意を受けながらあえて撤回したものである。控訴人ら抗弁(三)については、第一審で証人吉田知邦の証言中にその基礎となる事情が述べられており、被控訴人らがこれを争うことは明らかであったから、当時すでに右主張をすべきであった。

もし、控訴人ら抗弁について審理をするとした場合、訴訟の完結は遅延される。すなわち、被控訴人ら訴訟代理人は表見代理に関し、反証として証人、本人尋問を予定していたが、それを全くしておらず、証人吉田知邦の反対尋問は、その期日に表見代理の主張が撤回されたため裁判長の勧告で放棄しており、その再尋問を要するし、他の抗弁に対する反証も必要で、訴訟の完結は遅延を免れない。

(二)控訴人ら抗弁事実の主張が許されるとしても、

(1)控訴人ら抗弁(一)の主張は争う。控訴人らが競落した競売事件で競売申立された抵当権は本件抵当権であって控訴人ら(一)主張の昭和四〇年設定の抵当権ではなく、その抵当権の流用は認められないから、本件抵当権が無効である以上控訴人らは本件不動産を競落により取得することはできない。

(2)同(二)(1)、(2)の事実は争う。被控訴人浅古運輸、幸蔵は谷部に対して、控訴人ら各主張の基本代理権を与えたことは全くない。

(3)同(三)(1)、(2)の事実は争う。被控訴人賢三郎が昭和四四年五月ころ興産信用金庫管理課長中村に対し、兄の谷部が契約書を偽造して本件抵当権設定をしたが刑事事件とするにしのびないので、債務の支払方法について話合いができるものであれば被控訴人らが代って弁済したい旨申込んだが、結局話合いができなかったものであり、本件抵当権設定行為を追認したものではない。

三、被控訴人らの主張に対する控訴人らの反論

控訴人らの当審における抗弁事実の主張は時機に遅れたものではない。すなわち、本件は仮処分異議訴訟で、疎明の可能性の低い主張は整理し簡明にしたもので、訴訟技術上やむを得ず、何ら控訴人ら訴訟代理人の故意過失によるものではない。また、実質上は、被控訴人らも控訴人ら各抗弁の反証につきすでに立証を尽しており、本案訴訟で調べられた証人尋問調書の提出もできるから、控訴人ら抗弁事実の主張に伴なう訴訟完結の遅延はない。

疎明〈省略〉。

理由

一、第一審で主張され当審でも維持された主張に対する判断については、当裁判所も結論において原判決と同一であり、その理由は、次のとおり訂正附加するほか原判決理由と同一であるから、ここにこれを引用する。

二、原判決理由第一の三「抗弁(二)(和解による所有権帰属確定について)」の部分を左のとおり訂正する。

被控訴人らは昭和四五年一二月一四日控訴人らとの間で、本件不動産が控訴人らの所有に属することを確認する和解契約をした旨の控訴人ら主張について判断する。

成立に争いのない乙第二一号証(念書)によると、被控訴人らが昭和四五年一二月一四日作成した念書には、「東京地方裁判所昭和四拾四年(ケ)八八七号の不動産競売事件で私の所有していた不動産を貴殿他六名で競落されましたが、私の使用している部分を昭和四拾五年拾弐月参拾日までに坪弐拾万円の割で買受けます。」との記載があり、これによると、控訴人らが競落により本件不動産を有効に取得したことを認めた上で被控訴人らが控訴人らからこれを買戻すことの約定であるかのようにもみえる。しかし、右書面作成の経緯は後にみるとおりであって、これらの書面の文言によって直ちに控訴人ら主張のような所有権確認の和解を認定することはできない。また、前記控訴人ら主張に沿う第一審における控訴人共同商事代表者長谷川信幸尋問の結果の一部は根拠に乏しくにわかに信用できず、他に右主張を認めることのできる疎明はない。

そればかりでなく、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

控訴人らは昭和四五年一二月一日執行官をして本件不動産の明渡執行させるため、本件不動産所在地に行き被控訴人らに対し直ちに明渡すべき旨警告しただけでその日は執行を中止した。これより先き賢三郎(浅古運輸代表者兼本人。以下同じ)はすでに大島英一弁護士に本件競売手続の停止等の手続も委任していたので、直ちに同弁護士に対し処置するよう求めた。しかし、同弁護士が何らの手続をもせず放置していたところ、同年同月七日執行官が明渡執行に来て、本件不動産のうち、原判決目録一記載の寄宿舎兼事務所のうち二階部分(被控訴人浅古運輸の従業員の寄宿舎としている部分)、同二の居宅(被控訴人賢三郎の居宅)の二階部分等被控訴人らの占有部分につき、競落に基づく引渡命令の執行をした。そのため、被控訴人浅古運輸従業員が動揺し退職申出する者もあり、執行官からは、引続いて同被控訴人がゴミ蒐集事業用自動車約三〇台の駐車場としていた本件土地の一部の明渡執行を警告され、このままでは東京都等から委託されているゴミ処理ができず、時あたかも年末に当り平常よりさらにゴミの量が多いところから都等からの信用を失墜して、従業員らに対する年末賞与はもとより給料の支払も困難にいたるべきことは必至であり、被控訴人はまさに経営の危機に瀕した。それにもかかわらず大島弁護士が適当な対応策をとらないので、賢三郎は自分でこれに対処するほかなくなった。そこで、賢三郎は谷部をして、右明渡執行を少なくとも同年一二月末日まで延期することにつき控訴人らと交渉せしめることとし、谷部は同年同月一一日控訴人共同商事代表者兼他の控訴人ら代理人(以下同じ)である長谷川信幸(以下長谷川という)との間でその交渉をした。しかし、谷部は、もともと本件抵当権設定につき被控訴人浅古運輸、幸蔵の無権代理行為をし、それと同時にした貸借によって得た金員を自己の経営する谷部運送株式会社の運転資金に消費していたこともあって、控訴人らに対し抵当権の無効を主張し、競落の効果を否認する等により強く執行延期を求められる立場にもなかったため、当面応急の手段として控訴人らから本件不動産を買戻すという方向で善処するほかないと考え、浅古の親類の者というふれこみで長谷川との間で、谷部個人が控訴人らから本件不動産を三・三平方メートル当り(建物つきのままの土地について)金二〇万円の割合による代金で買受けること、同年一二月一五日までに手附金一〇〇万円を支払うことを約定し、それまではともかく執行の延期を受けることとし、その旨の念書(乙第二〇号証)を作成した(なお、右念書にある「谷川」は谷部がこの件で用いた変名である)。長谷川は本来は谷部に手附金の請求をすべきところ、谷部との連絡が不便であることから、賢三郎に対し電話で再三にわたり請求し、賢三郎も何とかもう一度前記谷部と長谷川間の契約を確認し、同年一二月末日まで執行がされないかを確かめる必要が生じた。そこで、賢三郎は同年一二月一四日長谷川に逢ったところ、長谷川は賢三郎に対し、言葉もするどく、「代金を払うか、明渡をするか。」との二者択一を迫った。被控訴人ら自身としては何ら買受の意思表示をしていないのに代金支払を求められることに困惑したが、長谷川の意に反すると執行の延期が疑わしいので、賢三郎はともかく、同年一二月末まで執行を延期する方便として、長谷川の口授するままの文章を記載した念書(乙第二一号証)を作成した。その際賢三郎は長谷川に対し、本件抵当権に基づく競売には異議があり、その解決につき大島弁護士に委任してあることを話したが、これを強硬に主張すると相手方を刺戟して再び執行がされるおそれがあるので強くもいえず、他方、谷部が同年同月末までに金策をして前記約定の履行をすることを期待し、何としてでも年末の窮境をのりきることを切願し、その意味での金員支払いもやむをえないものと考えた。以上のとおり認められる。

さらに、第一審における控訴人共同商事代表者長谷川信幸尋問の結果によると、長谷川が賢三郎に対し右念書を書かせる際に、長谷川は、賢三郎および谷部が正当な理由がないのに明渡執行の延期を画策しているものと考えていたので、同念書の前段の売買名義が実現することは期待しておらず、明渡執行を円滑に行うため、売買期限内である同年一二月末日までにガソリン計量タンク、機具類一切の撤去を被控訴人らに義務づけたことが認められる。

以上認定の各事実によると、控訴人らが昭和四五年一二月一四日被控訴人らとした約定の趣旨は、念書に記載されている文言からは必ずしも明瞭とはいえないけれども、要するに、被控訴人らの側としては業務上絶対に必要な本件不動産の継続使用を確保し、少くとも年末の危機を乗りきるため、被控訴人らが控訴人らの要求を一応受け入れ三・三平方メートル当り二〇万円相当の金員を同年一二月三〇日までに支払うこととし、それまでは執行は延期するが、右期限までに被控訴人らが右金員を支払わないときは右約定は失効する趣旨であるということができる。したがって、右はあくまで執行延期の暫定措置であり、本件不動産所有権の帰属についてはなお紛争があり不明のままとして留保し、結局いずれの所有に属するかの合意はしなかったものというほかない。右約定はもっぱら被控訴人浅古運輸の業務に供せられていた被控訴人らの占有部分についてのみであり、第三者に賃貸していた部分についてはなんらの約定もされていなかったこともこの間の消息を物語るものである。従ってこの点に関する前記控訴人らの主張は理由がない。

三、次に昭和四〇年設定の抵当権により控訴人らは有効に本件不動産所有権を競落取得した旨の控訴人ら主張について判断する。

まず、右主張が時機に遅れた防禦方法として却下されるべきであるとの被控訴人らの主張についてみるのに、右控訴人らの主張はいわば一定の要件のもとにある法律上の見解を前提とするもので、その前提の理由のないこと後記のとおりである本件においては、右抵当権の設定が正当になされたか否かに関する事実審理を格別に必要としないから、訴訟の完結を遅延させるものとはいいえず、その主張自体は許されるものといわなければならない。ところで一般に、競売手続は、特定の抵当権の実行手続としてなされるものであり、同一の不動産の上に存する他の抵当権者が自己の抵当権を実行するには、その抵当権に基づく競売申立を別個に行ない、裁判所が審理の上、その第二の抵当権についても競売を開始すべきときは、さきに進行している第一の競売事件に第二の競売事件記録を添付する旨決定し、第一の競売手続の進行中第一の競売申立が取下その他により終了した場合、第一の競売手続として進行した手続上の効果を第二の競売手続に承継し、第二の競売手続が進行する関係にある。したがって、この競合された競売手続において競落した場合は、たまたま第一の抵当権が無効であってもその競落は第二の抵当権の効力として有効であるというべきであろう。しかしそのためには第二の抵当権につき競売申立がされ、記録が第一の事件に添付され、第一、第二の抵当権実行手続が競合して進行しそれによって競落がなされた場合でなければならないことは右のとおりである。これを本件についてみるのに、控訴人らが競落した基礎となった抵当権は本件抵当権であって、控訴人ら主張の昭和四〇年設定の抵当権についてはなんらその実行のための競売申立がなく、いわんや手続の開始、記録の添付もないことは弁論の全趣旨から明らかであるから、昭和四〇年の抵当権の存在は、本件不動産の競落の効果に何らの影響をも及ぼすものではない。よって、控訴人らのこの点に関する主張は失当である。

四、控訴人らの表見代理に関する主張(抗弁(二))の許否についてみるのに、記録によれば、控訴人らは、本件第一審仮処分異議申立の当初から、基本代理権の内容につき若干の差異はあるがその余はすべて同趣旨の民法一一〇条、一一二条による表見代理の主張をし、第一審で相当程度審理が進められた昭和四八年七月一二日の第一三回口頭弁論期日に、控訴人ら訴訟代理人自らその主張を撤回したことが明らかであり、当審においてさらにこの点の主張を再提出することは、控訴人ら及びその訴訟代理人の重大な過失による時機に遅れた防禦方法の提出というほかなく、それにより訴訟の完結が遅延することは控訴人らに爾余の立証の意図がないとしても、少くとも被控訴人らに反証の機会を与える必要のあることから考えて自明であるから、控訴人らの右主張は、民訴法一三九条により却下を免れない。

五、控訴人らの抗弁(三)(1)、(2)の追認等の主張が時機に遅れた攻撃防禦方法として却下されるべきである旨の被控訴人ら主張について判断するのに、これらの主張は本件紛争の焦点の一つであり、従前の証拠調にあらわれた事実を基礎にして法律構成を変えたのにすぎないものであって、時機に遅れたものということはできず、その事実関係もおおむね従前の証拠調によって明らかにされており、控訴人ら訴訟代理人も当審で第二七、第二八号証を提出するだけであって訴訟完結の遅延もないから、この点の控訴人ら主張は許すべきものである。よって、順次検討する。

(1)被控訴人らは昭和四四年三月ころ当時の本件抵当権者である興産信用金庫に対し、本件抵当権の被担保債務の支払を承認しその弁済猶予を求めて本件抵当権設定行為を追認した旨の控訴人ら主張について判断する。

〈証拠〉を総合すると、全信連は昭和四四年五月二二日ころ興産信用金庫に対し、本件抵当権をその被担保債権一、〇〇〇万円とともに譲渡し、賢三郎(ただし、被控訴人浅古運輸代表者)にその旨通知があったので、賢三郎はその解決につき興産信用金庫と交渉し、債務金一、〇〇〇万円につき被控訴人らがこれを支払うことを認め、月額金三〇万円宛割賦弁済することを希望したが、興産信用金庫は一時に全額を支払うことを要求したため合意に達しなかったことが認められる。しかし、被控訴人らが右支払の申出をしたのは後記のとおりもっぱら事を穏便に処理しようとする主意に出たものというべく、これによって直ちに本件抵当権設定について無権代理行為を追認する旨の暗黙の意思表示があったものということはできず、その他に右意思表示を認めることのできる証拠はない。かえって被控訴人浅古運輸代表者兼被控訴人本人浅古賢三郎尋問の結果によると、賢三郎は右債務の承認にあたり興産信用金庫係員に対し、兄の谷部が本件抵当権設定契約書を偽造したものであるが谷部に刑事責任を負わせるにしのびず、事業経営に失敗した谷部をできるかぎり援助する趣旨で、被控訴人浅古運輸が全信連から借受けた債務については、同被控訴人の事業収益の範囲内で弁済するが、本件抵当権設定については谷部のした無権代理行為であって追認することはできない旨述べていることが認められる。したがって、この点に関する前記控訴人主張は失当というほかない。

(2)被控訴人浅古運輸は昭和四五年一二月一四日控訴人らに対し本件抵当権設定が有効であり控訴人らが競落により本件不動産を有効に取得したことを認めたから、民法一一六条の類推適用により本件抵当権設定は有効となった旨の控訴人ら主張について判断する。

被控訴人らと控訴人ら間の昭和四五年一二月一四日にした契約の内容は、前記二のとおりであって、右控訴人ら主張の趣旨ではないから、右控訴人ら主張も失当に帰する。

六、むすび

以上のとおりであるから、被控訴人らの本件仮処分申請(一部取下後のもの)は理由があるのでこれを認容すべきところ、これと同趣旨に出た原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないので棄却を免れず、控訴費用の負担につき民訴法九五条八九条九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 加藤宏 高木積夫)

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